貴農同志会懇話会報告
Date:2026.09.17

貴農同志会懇話会(2026年度)が9月3日午前11時30分より12時50分(木曜日)、酪農学園大学農環境情報学類教室(A2号館403教室)を会場に、元酪農学園大学教授・宗教主任 の高橋一先生を講師として迎えて開催された。高橋氏は大学と短期大学部で16年間にわたり教授としてキリスト教学・キリスト教NGO論の講義はじめ、8年間は宗教主任として週三回の学校礼拝ほか教授会や各種委員会の開会祈祷を担当した。また学外においては、日本キリスト教海外医療協力会(JOCS)をはじめ、各種のNGOで多くの働きをした。懇話会には理事長、学長はじめ会員ほか24名の出席者のもとランチセミナーとして開催された。講演は、『酪農学園における「実学教育」再考-現場教育の視点から』であった。それは酪農学園大学が「実学教育」を学是としてきた歴史を、〈現場〉を重視する観点からヨリ積極的に捉える試みでもあった。主な内容についてその概要を紹介したい。
まず「実学」の解釈として、かつて立花隆がそれは「パンのための学問」にすぎないとし、実利偏重の学問であると断定した見方に対して、それは主観的で一面的な捉え方ではないかと課題を投げかけた。事実、かの福沢諭吉も「実学」の意義を繰り返し強調している。その意味を「教育現場」の視点からヨリ積極的に捉えるべく、その事例としてかつて畏敬する同僚教員であった水野直治氏による研究における〈現場〉への眼差しの重要性の指摘に言及した。さらに研究のみならず、教育においても「実学」の積極的な意義を以下の経験から言及した。
それは東日本大震災直後に高橋氏が経験した事例による発見であった。高橋氏は震災直後、いち早く「被災現場」である石巻、大船渡はじめ沿岸地域に足を踏み入れ、予備情報を得た後、全学的な支援活動の教育的意義を提案し、全学教授会での賛同を得た。約700日間にわたる学生・教職員・現地でのキリスト教NGOであるチャイルド・ファンド・ジャパンや酪農学園大学卒業生が設立したNPO法人APCAS(アプカス)の協力・連携のもと、学生自身も酪農学園大学学生ネットワーク(酪ネット)を組織化して東日本大震災支援ボランテイア活動をコーディネイトしたからである。それらの活動は(事後的な発見ではあったが)「大学における学びの本質」に触れたものとなり、学生はそれらの経験をとおして、学生の「知と倫理」の主体形成に実りを期待できる試みともなったと述べた。
その状況で、福島第一原発事故の放射能漏れに関わる「想定外の現象」の捉え方として、予期し得ない事象を「想定外」として責任ある領域や職制からの責任を回避するあり方(社会風潮にも)について、そのような対応の仕方を「知の敗北」と受け止めた三つの日本土木学会による合同声明の意味に触れるとともに、未知の課題に対する対処の仕方や「知の構え」の必要性に触れた。そのような「知の開発」に関わる教育こそが本来の大学教育ではないかと述べた。それゆえ本学の震災支援ボランテイア活動は、単にボランティア活動とみなすべきではなく、従来の大学教育のありかたの変革の一事例として受け止めていくべきではないかと語った。大学教育における学生の知的・倫理的主体の喚起・形成や確立の開発プロセスという可能性が、実学教育、現場教育を進めていくところに存在するという発見であった。
演者の在職時に忽然と噴出した「大学校名変更問題」についても、全学合同教授会の開催のもと、問題の共有化とともに、構成員の意思を無記名投票で判断した当時の大学教授会のあり方について触れるとともに、学生とその問題を共有しながら、その過程において学生による署名活動など自発的な意見表明を導き得たのは、酪農学園大学が長く〈現場〉に根差した研究と教育(地に足を下ろした教育)を重視し、蓄積していたからではないかとも語った。大学において重要な問題であればあるほど、問題意識を教職員と学生が共有することの重要性の指摘であった。この姿勢は、高橋氏が学校法人・北星学園の学外理事であった10年前に、北星学園大学で2年間近くにわたって続いた、北星学園大学と非常勤講師の元朝日新聞記者(朝鮮半島における日本軍慰安婦の実在を報道した記者)へのいわゆる歴史修正主義者たちからの激しい中傷と迫害との闘いの過程でも学ばされたという。この闘いは世界でもニューヨーク・タイムズなどで一面で報道された。その詳細な経緯は、『北星学園大学バッシング 市民はかく闘った』にまとめられている(必要なかたには高橋氏にメールで要請してくれれば無料で送付したいとのことである。個人メールアドレス:christngonpo@gmail.com)。
結論として、酪農学園大学が〈現場〉を重視した「実学教育」を大切にすることが、酪農学園大学における「建学の精神」を実質的に活かす営みとなることを信じていると総括した。
資料:酪農学園貴農同志会「談話会」2026年9月3日 酪農学園における「実学教育」再考-現場教育の視点から
(略歴)
札幌に生まれる(1953年)。国際基督教大学(ICU)教養学部人文科学科卒業、東京神学大学大学院終了、日本基督教団・下石神井教会牧師(10年間)、日本キリスト教海外医療協力会(JOCS)ワーカでカンボジア赴任。英国セリオーク・カレッジ留学(1996年)。酪農学園大学短期大学教授、宗教主任(1997年)。途中、デンマーク教育大学留学、酪農学園大学退職(2013年)、その後、北星学園理事、山梨英和大学(宗教主任)退任後、明治学院大学、国際基督教大学で非常勤講師。
(著者感想)
講演のなかに登場する著名人や知己との親交から湧出され醸し出されてきた内容にふれられて話された。多様な「現場」において「いかに事を把握し、対応するか」、事が起こっている(起こった)場所(現場)に可能な限り接近して(足を運んで)仔細に眺める(把握する)ことの重要さはフィールド科学にも通じるものである。まさに実学教育の根幹でもある。ともすれば世の趨勢や社会的判断や評価を意識するあまり、表層的で世俗的な基準で決断選択しがちであるが、「現場主義」の重要性とその意義を再考しておくべき機会であった。またそのプロセスにおいて「真」「義」であれば「敵は瓦の数ほどであろうとも怯むことなく前に進む」(この精神は旧約聖書の預言者イザヤや、宗教改革者ルター、さらにはデンマークの中興の祖ともいわれるグルンドビィにも通じよう)」現場で発生している問題に呼応する感性とともに精神性をもって挑む勇気が求められているように響いてくる。
人脈が豊富であり多層に連なりそれらは信頼で築かれている。学びの現場には学生が共にいたのである。種は蒔かれてきた。
(演者の希望で、敬称や敬語は省略した。了解を乞う。)(記:永幡)





